カルロス・テイス植物園の温室(インベルナクロ)
ブエノスアイレス

2026年9月時点で出典を確認済み
- 年代
- 1889年に出品・1897年に設置
- 建築家
- フランスの鋳造所(記録なし)
- 様式
- アール・ヌーヴォー、鉄とガラス
- 規模
- 35 × 8 m
- 状況
- 一般公開中
1889年のパリ万国博覧会に出品されて賞を受けたこのアール・ヌーヴォーの鉄とガラスの温室は、生みの親であるランドスケープ・アーキテクトのカルロス・テイスの勧めで大西洋を渡り、1897年に新設のブエノスアイレス植物園に加わりました。園内にある5棟の温室のうち、現在、常時一般公開されているのはこの1棟だけで、主にブロメリア、シダ、南アメリカの熱帯植物を収めています。
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歴史
ブエノスアイレス植物園は、1892年2月22日に提出された提案から生まれました。提案者は、当時市の公園・遊歩道局長だったフランス生まれの造園家カルロス・テイス(Carlos Thays)で、植物園と順化園を兼ねた園の必要性を訴えました。パレルモ地区の土地は1892年9月2日に引き渡されましたが、1898年9月7日の開園までに、肥沃な土で盛り土をする必要がありました。テイスは、1881年に設計された園の中央の建物に住んでいました。
園の五つの温室のうち主となる大温室は、植物園の公式ウェブサイトによれば、1897年にフランスから輸入されました。出品の経歴については、資料の記述が食い違います。1889年のパリ万国博覧会で賞を受けたとするものが複数ある一方、スペイン語版ウィキペディアは1900年の博覧会での表彰に触れており、1897年の設置とは両立させにくい年代です。製造者の名前は、参照した資料からは確定できません。
植物園は1937年に創設者の名を冠し、1996年4月に国の歴史的記念物に指定されました。アール・ヌーヴォー様式のこの温室は、この様式のウィンターガーデンとして唯一現存するものとしばしば紹介されますが、各資料はこの主張を裏づけなしに繰り返しています。


建築と構造
主温室は長さ35 m、幅8 mです。鉄の骨組みと広いガラス面を組み合わせており、植物園のウェブサイトは、20世紀への変わり目ごろの建築における鉄とガラスの使用の一例として紹介しています。装飾の語彙はアール・ヌーヴォーに属し、周囲の実用的な温室とは一線を画しています。
植物園の五つの温室のうち最大で、ほかの四つのより小さな温室は、繁殖用、球根用、サボテンと多肉植物用に使われています。細長い単一空間の平面は、熱帯植物の花壇に沿って直線的に歩くのに向いています。参照した資料には、建物の高さも、これまでの修復の詳細も記されていません。


植物コレクション
主温室には、植物園の熱帯・亜熱帯の種が収められており、英語版ウィキペディアによれば約2,500株にのぼります。とりわけ、保全と研究のために、ブロメリア類とシダの学術的なコレクションを維持しています。
温室があるのは約7 haの植物園で、テイスの原則に沿って整備されています。大陸別に植物をまとめた地理的区画ではアルゼンチンの諸州の植物相が重要な位置を占め、系統的区画ではエングラー体系にしたがって科ごとに配置されています。このほか植物園には、サボテン、ソテツ、ヤシ、イェルバ・マテのコレクションや、ローマ風、フランス風、東洋風の庭園があります。


見学案内
植物園はパレルモ地区のイタリア広場(Plaza Italia)の近くにあり、ブエノスアイレス最大級の緑地帯の一つに含まれています。アール・ヌーヴォー様式の温室は主な見どころの一つです。散策では、彫刻(園には約30点の芸術作品があります)、地理的区画、テイスのかつての家も見て回れます。全体を見るには1~2時間あれば十分です。南半球の春にあたる9月以降は、屋外の小道を歩くのに最も快適な季節です。
34.58° S, 58.41° W
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