花の庭(クヴェトナー・ザフラダ)の温室群
クロムニェジーシュ、ズリーン地方

2026年10月時点で出典を確認済み
- 年代
- 1840~1845年
- 建築家
- アントン・アルヒ(アントニーン・アルヒ)
- 様式
- 2棟の温室に挟まれた古典主義の入口の中庭
- 規模
- 大温室:80 × 15 m
- 状況
- 一般公開中。温室は修復され、庭園は2014年に再開
1665年に司教カール・フォン・リヒテンシュタイン=カステルコルンのために造営が始まり、1998年にユネスコ世界遺産に登録された庭園、クヴェトナー・ザフラダの入口には、建築家アントン・アルヒが1840~1845年に、大司教ゾンマウ=ベークのために2棟の温室に挟まれた古典主義の名誉の中庭を建てました。小さい方の温室は年間を通じてヤシのコレクションを守り、大きい方の長さ80 mの温室は、夏に庭に出した植物を冬に守りました。2014年に完了した工事で修復され、現在はツバキ展をはじめとする展覧会と夏のカフェが開かれています。
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歴史
花の庭(クヴェトナー・ザフラダ、Květná zahrada)は、17世紀後半に、1664年から1695年まで在任した司教カール・フォン・リヒテンシュタイン=カステルコルン(Karl von Liechtenstein-Castelcorn、Karel z Lichtenštejna-Kastelkornu)の命で造られました。当初は「リボサード」(libosad)、すなわち遊楽庭園として知られ、2度にわたって造営されました。1665年から1675年の最初の造営は、イタリア人建築家フィリベルト・ルッケーゼ(Filiberto Lucchese)が指揮し、1666年の彼の死後はジョヴァンニ・ピエトロ・テンカッラ(Giovanni Pietro Tencalla)が引き継ぎました。2度目は1680年代に続きます。
19世紀には、1837年から1853年まで在任した大司教マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・ゾンマウ=ベーク(Maximilian Joseph von Sommerau-Beeckh)が、庭園をより広く一般に開こうと考え、いくつもの温室を加えました。同時に庭園は、宮殿の植物学的・実用的な後ろ盾にもなりました。1840年から1845年にかけて、建築家アントン・アルヒ(Anton Arch、1793~1851年)が名誉の中庭(Čestný dvůr)を設計しました。庭園で働く人々が住む入口の建物を、2棟の温室が両側から挟む構成です。門の上の三角形のペディメントには、大司教の金色の紋章の両側に、頭文字の M と J が刻まれています。
1950年代には、建築家パヴェル・ヤナーク(Pavel Janák)が庭園の再生を主導しました。大司教の宮殿とともに1998年にユネスコの世界遺産リストに登録されたこの場所は、国立遺産研究所(Národní památkový ústav)が運営しており、国立庭園文化センター(National Centre for Garden Culture)事業の一環として、3億コルナを超えるヨーロッパの資金で修復されました。庭園は2014年9月6日と7日に、式典とともに再開しました。


建築と構造
名誉の中庭は、庭園に向かって開く中庭を囲んで配置された、古典主義の3棟の建物群です。中央に入口があり、その両側に温室があります。2つの温室は、大きさも用途も異なります。小さい方は暖房された温室で、パームハウスと呼ばれています。木造の小屋組をもち、歴史的価値の大きな天窓が残っています。その修復では、この天窓の再建、屋根の補修、窓の交換、暖房の近代化、換気と結露水の排水設備の全面的な見直しが行われ、オランダ庭園へ抜ける通路も復元されました。
大温室は低温室で、長さ80 m、幅15 mです。屋根は曲げ木のトラスに載っています。工事では、窓、暖房、床が一新され、天井の装飾が補修されて、だまし絵の天井画が復元されました。1970年代には、旧キジ飼育場の跡地に、鉄とガラスの低い生産用温室が加えられました。


植物コレクション
パームハウスは、ヤシのコレクションを一年中育てるために造られました。修復後は植物の常設展示が置かれ、修復されたオランダ庭園への入口にもなっています。大温室は、暖かい季節に庭に出された植物の冬越しに使われ、19世紀以降は、文化的・社交的な集まりの場にもなりました。
宮殿のツバキは、その樹齢と大きさで有名です。高さ5メートルに達するものもあり、クロムニェジーシュでの栽培は、およそ150年前にさかのぼります。チェコの公共ラジオによれば、国内でこれに匹敵するのは、リベレツ植物園のコレクションだけです。冬の終わりの開花は、2018年2月の「Kamélie dell'arte」のような展覧会の機会になりました。この展覧会は花をコンメディア・デッラルテと組み合わせ、1994年にオーストラリアで発見された針葉樹、ウォレミマツも展示しました。生産用温室では、かつて花の庭、宮殿庭園(Podzámecká zahrada)、宮殿の部屋の装飾のために、年に数万本の苗が育てられていました。


見学案内
温室群は、ゲネラーラ・スヴォボディ通りに面した庭園の正面入口をなしています。来園者は到着するとまずここを通り抜け、そのあとで、花壇、迷路、八角形のロトンダ、そして44体の彫像と44体の胸像が並ぶ長さ244 mの柱廊に至ります。庭園は約485 × 300 mの長方形で、2時間あれば一周できます。温室がもっとも見ごたえのあるのは、ツバキの咲く冬の終わりです。夏には、大温室にカフェが入ります。庭園とともに登録された大司教の宮殿と、その公園である宮殿庭園(Podzámecká zahrada)と組み合わせやすい訪問先です。
49.30° N, 17.38° E
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