カレル大学植物園(ナ・スルピ)の温室群
プラハ、新市街(ナ・スルピ)

2026年10月時点で出典を確認済み
- 年代
- 1946~1949年
- 建築家
- 1990年代の再建:建築家ドヴォルジャーク、施工はコンシット
- 様式
- 1940年代の姿に再建された戦後の温室
- 状況
- 一般公開中
1775年にスミーホフで創設され、1890年の洪水を経て1898~1900年にナ・スルピの斜面へ移されたカレル大学植物園は、園芸協会のために1882年に建てられた温室を引き継ぎました。チェコ系とドイツ系の大学に分割されたため、1945年2月14日の連合軍の爆撃でドイツ側の温室を失いました。被害を受けたチェコ側の温室は1946~1949年に建て替えられ、1990年代末に元の姿に再建されました。熱帯、亜熱帯、多肉植物と、130年を超える Cycas circinalis などの古い株が展示されています。
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歴史
プラハの大学植物園は、1775年にスミーホフで創設されました。そこには最大9棟の温室がありました。1890年の洪水で大きな被害を受け、1898~1900年に新市街のナ・スルピの斜面へ移されました。大学はそこで、1842年にロアン公(Rohan)が取得し、貴族の園芸協会であるボヘミア園芸協会(Böhmische Gartenbaugesellschaft)が運営していた「社交庭園」(Společenská zahrada)を購入しました。1882年にベナーツカー通り(Benátská)とナ・スルピ通りの角に建てられた温室は、主に展覧会や社交の場に使われていました。
当時、大学は二つに分かれており、温室のある下の部分は、植物学者ラディスラフ・ヨゼフ・チェラコフスキー(Ladislav Josef Čelakovský)の選択でチェコ系の大学に、上の段々の大半はドイツ系の大学に渡りました。ドイツ系の大学はそこに1897~1898年に7棟の温室を建て、チェコ側にも同じ年に細長いラン温室が加わりました。正式な開園式は1898年の秋に行われました。
1945年2月14日、連合軍が誤ってプラハを爆撃し、ドイツ側の温室は破壊され、チェコ側の温室も被害を受けました。14の独立した空間に分けられた新しい温室が、1946~1949年に建てられました。1970年以降、園の監督官パヴェル・スムルジュ(Pavel Smrž)が、戦後初めて温室を再び一般に公開しました。温室は1990年代末に全面的に建て替えられました。植物学者ルボミール・フロウダ(Lubomír Hrouda)によれば1995年から1998年まで、ほかの資料によれば1996年から1999年までです。工事は11月に始まり、厳しい寒波と重なって、コレクションの一部が枯れました。

建築と構造
温室群は庭園の下の部分、ベナーツカー通りとナ・スルピ通りの角にあります。そこには1882年の温室がすでに建っていました。1946~1949年の温室は14の独立した空間からなり、同じ時期に、水草と湿地の植物のための中央の池が加えられました。戦前の旧い温室群には、オオオニバス(Victoria amazonica)のために特別に造られた温室もありました。1938年に刊行された庭園最初のガイドには、その葉の1枚に少女が座っている有名な写真が載っています。
建築家ドヴォルジャーク(Dvořák)が設計し、プラハの企業コンシット(Konsit)が施工した1990年代末の再建は、温室に1940年代の外観を取り戻させたいという文化財当局の意向に沿ったものでした。ルボミール・フロウダによれば、この設計には技術的な欠陥があり、そのため温室は今も改良が続けられています。2015年のガイドは、この全面的な再建と空間の新しい配置を説明しており、そのコレクションは専任の学芸員トマーシュ・プロハースカ(Tomáš Procházka)が管理しています。
植物コレクション
温室はテーマごとに分かれています。熱帯の区画では、南アメリカの巨大なスイレンであるパラグアイオニバス(Victoria cruziana)が、ヤシ、シダ、堂々とした葉をもつランに囲まれて、毎年展示されます。植物の進化をテーマにした区画にはソテツ類があり、樹齢130年を超える Cycas circinalis もあります。亜熱帯の温室では、10月から5月まで鉢植えのコレクションが置かれ、多肉植物の温室では、南北アメリカとアフリカのサボテンやそのほかの多肉植物が、砂と石でつくられた小さな舞台に集められています。
温室の前には、コーカサスサワグルミ(Pterocarya fraxinifolia)が昔の社交庭園を思い出させ、盆栽のような樹形のイチョウの雄株は、「ゲーテのイチョウ」(栽培品種 'Praga')と呼ばれ、おそらく1870年代のものです。2025年秋の庭園の開園250周年には、ラン、柑橘類、盆栽、外来の鳥の展覧会が催されました。
見学案内
庭園は約3.5 haで、ナ・スルピ通り、ベナーツカー通り、カテジンスカー通り(Kateřinská)、ヴィニチュナー通り(Viničná)、アポリナールシュカー通り(Apolinářská)に囲まれ、標高195~225 mの間で上っていきます。背景には聖アポリナリス教会があります。温室は下の部分、ベナーツカー通りとナ・スルピ通りの角にあります。温室に1時間、屋外の段々の部分にもう1時間を見込んでください。屋外には、1904年につくられた洞窟のあるカールシュテイン(Karlštejn)のロックガーデンがあります。暖房のある温室と亜熱帯のコレクションのおかげで、冬にも訪れる価値があり、暖かい季節には屋外の展示が映えます。庭園には年間10万人以上が訪れます。
50.07° N, 14.42° E
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出典 (4)
- cs.wikipedia.org/wiki/Botanick%C3%A1_zahrada_Univerzity_Karlovy
- ziva.avcr.cz/files/ziva/pdf/botanicka-zahrada-prf-uk-na-slupi-vcera-dnes-a-zit.pdf
- encyklopedie.praha2.cz/park/1468-botanicka-zahrada-prirodovedecke-fakulty-univerzity-karlo
- cesky.radio.cz/prazska-botanicka-zahrada-univerzity-karlovy-250-let-stara-ucebna-prirody-s
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