アボッツフォードのパヴィリオン(ゴシック様式の温室)
アボッツフォード(メルローズ近郊、スコティッシュ・ボーダーズ)、スコットランド

2026年10月時点で出典を確認済み
- 年代
- 1825年(計画図は1823年)
- 建築家
- ダーニックのジョン・スミス(石工の棟梁)、ウォルター・スコットの意見を反映
- 様式
- アーケード状の石の遮蔽壁の背後に建つ、ゴシック・リバイバル様式の木造温室
- 規模
- 5ベイ×3ベイ(寸法は未公表)
- 状況
- アボッツフォードの塀に囲まれた庭園とともに一般公開
メルローズ近郊にあるサー・ウォルター・スコットの邸宅アボッツフォードの菜園には、ゴシック様式のアーケードをもつ石の遮蔽壁の背後に、木骨造の温室が建っています。ダーニックの石工ジョン・スミスが1823年に計画図を描き、修復を担った人々はこの建物を1825年のものとしています。スコットの存命中にこの領地で建てられた最後の建築のひとつです。庭の壁の裏に置かれた石炭焚きの炉で暖められ、中世のテントに似ていることから「パヴィリオン」と呼ばれるようになりました。屋根は2010年に雪で崩落し、考古学的な記録調査と修理を経て、2023年のイースターに来訪者に再び開かれました。
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歴史
サー・ウォルター・スコット(Sir Walter Scott)は1811年にカートリーホール農場を購入してアボッツフォードと改名し、1816年から1824年にかけて、これをバロニアル・リバイバル様式の邸宅に作り替えました。庭園はそのあとに続き、邸宅を建てた石工の棟梁であるダーニックのジョン・スミス(John Smith)の手で整えられました。ヒストリック・エンバイロンメント・スコットランド(Historic Environment Scotland)の指定リストによれば、スミスの日記には、1823年4月19日に温室(コンサバトリー)の計画、1824年11月8日に「メロン畑」の壁の着工が記されており、リストはこれを菜園のことと解釈しています。修復者はこの建物を1825年のものとし、スコットの存命中にアボッツフォードで建てられた最後の建築のひとつと見ています。スコットは1826年に破産を宣告され、1832年に亡くなりました。
年月日のない書簡(1824~25年のものとされます)には、スコットがスミスの考えた三角形の窓頭を「ゴシックの尖頭形」にしてはどうかと提案する様子が見えますが、実際に造られたのは三角形のほうです。「パヴィリオン」という愛称は、中世のテントに似ていることに由来します。シンプソン・アンド・ブラウン(Simpson & Brown)によれば野戦用のテント、アボッツフォード自身のウェブサイトでは馬上槍試合のテント、2017年の保存計画では攻城用のテントとされ、後者は、その形を1805年版のフロワサールの『年代記』の挿絵と比べています。
1920年代の写真には、輪郭が変わった屋根が写っており、建物はすでに大幅に建て替えられていました。2010年には大雪で屋根が崩落しました。アディマン・アーキオロジー(Addyman Archaeology)が2019年にパヴィリオン、ファーネス・ハウス(炉の建物)、隣接する壁を記録調査し、2020年と2022年にも追加の作業を行い、シンプソン・アンド・ブラウンが修理を指揮しました。2023年の理事会報告書はパヴィリオンがイースターに再開したと記録しており、ファーネス・ハウスへの立ち入りは資金の手当てがまだです。2024年末までに、IHBC の記事は、来訪者に開放されていると述べています。


建築と構造
ヒストリック・エンバイロンメント・スコットランドは、これを5ベイ×3ベイの温室(コンサバトリー)と説明しており、尖頭アーチの石の遮蔽壁が木骨造のガラス温室を支え、縦長の帯状のガラス窓とガラス屋根を備えています。修復者の記事によれば、角には八角形の柱があり、その上には小さな張り出し櫓(バルティザン)が載っていて、窓の開口部は三角形の頭部をもち、これは指定リストの尖頭アーチとは異なります。寄棟のガラス屋根はパラペットの内側に収まり、棟の換気口と開閉できる開口部があります。内部には、奥の壁にある一対の湾曲したニッチのほかには、装飾はほとんどありません。
菜園の北東の壁に寄せて中央に位置するパヴィリオンは、菜園の焦点になっています。上げ下げ窓には19世紀初頭のガラスが多く残っており、小さなガラス板が重なり合い、横桟のない縦の窓格子(アストラガル)で押さえられています。ガラスは、不完全なところと青緑色の色合いから見分けがつき、取り外して洗浄したうえで元に戻されました。当初のものではない屋根のガラスは交換されました。
熱源は、パヴィリオンの裏手の壁の外にあるファーネス・ハウスの石炭焚きの炉でした。水平の煙道が床面より下を室内に沿って走り、奥の壁の東の角から北の角へと通じて、今も残る煙突につながっていました。庭の壁は外側が石、内側がレンガで、同じ仕組みに関わる空洞があります。

植物コレクション
煙道のおかげで、果樹や寒さに弱い植物を育てることができました。考古学調査はハイビスカス、スズラン、モモの名を挙げています。アボッツフォード自身による庭の説明は、この庭が、世界各地で発見された最新の植物を、花壇と「ストーブ・ハウス」で見せるためのものだったと付け加えています。担当したのは、当代屈指の庭師のもとで修業したフランス人のウィリアム・ボギー(William Bogie)でした。
修復されたパヴィリオンには、「サー・ウォルター・スコットの植物キャビネット」もあります。これは、アボッツフォードの暮らしの中で庭が果たした役割を示す品々に触れられる体験型の展示です。また、スコットの日記の抜粋が流れる「リスニング・ベンチ」もあり、日記の中でスコットは、後の世代のために自分の植物の手入れをしている姿を見せています。中に何が植えられているかは、確認した資料には載っていません。まわりでは、今も菜園が耕作されており、伝統品種の野菜、仕立てた果樹、宿根草のボーダー花壇があります。
見学案内
パヴィリオンは邸宅の北東にある菜園の中に建っており、塀に囲まれた庭園の見学の一部として見られます。裏手のファーネス・ハウスは以前は閉まっていましたが、今は見学路に入っており、サウンドスケープとスポットライトで暖房の仕組みを説明しています。塀に囲まれた庭には1時間もあれば足り、邸宅も見るならもっと必要です。バラは6月下旬から7月にかけてが盛りで、春には球根植物、スイセン、ブルーベルが咲き、その後は紅葉が続きます。見学は、邸宅、ビジターセンターのカフェ、いつでも歩けるツイード川沿いの敷地の散策路、そして「ウィッチ・コーナー(Witch Corner)」の彫刻の小道と組み合わせられます。
55.60° N, 2.78° W
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出典 (7)
- scottsabbotsford.com/visit/the-gardens
- portal.historicenvironment.scot/designation/LB15104
- designingbuildings.co.uk/wiki/Researching_and_restoring_Abbotsford%27s_hothouse
- simpsonandbrown.co.uk/architecture/museums-galleries-visitor-centres/abbotsford-pavilion/
- scottsabbotsford.com/files/1723478177_4ba7c893e37546228ef2.pdf
- discoverscottishgardens.org/garden/abbotsford/
- en.wikipedia.org/wiki/Abbotsford_House
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