キブル・パレス
スコットランドのグラスゴー

2026年9月時点で出典を確認済み
- 年代
- 1873
- 建築家
- ジョン(またはジェームズ)・ブーシェとジェームズ・カウズランド。再建はジェームズ・ボイド・アンド・サンズ
- 様式
- ヴィクトリア朝の円形の鉄とガラスのドーム
- 規模
- 約2,137 m²(23,000平方フィート)、主ドームの直径146~150フィート
- 状況
- 一般公開中
1860年代に、ロッホ・ロング沿いのコールポートにあるジョン・キブルの邸宅のために建てられたこの温室は、解体され、はしけでクライド川を遡って運ばれ、1873年にグラスゴー植物園に再建されて、円形の大ドームで拡張されました。当初はコンサートと集会のホールとして使われ、ディズレーリ(1873年)とグラッドストン(1879年)がグラスゴー大学のラクター(学長)に就任する式典の場となったのち、1881年にウィンターガーデンになりました。2003年から2006年にかけて解体され、現地外で修復されたこの温室は、ドームの下に、1880年代に植えられたヘゴの国家コレクションを収めています。
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歴史
キブル・パレスの始まりは、1860年代(キャンモア〔Canmore〕によれば1863~1866年)、ロング湖(Loch Long)の湖畔のクールポートにありました。植物園によれば技師、天文学者、写真家などの顔をもつジョン・キブル(John Kibble)が、そこの自邸の温室として建てさせたものです。設計は建築家のジェームズ・カウズランド(James Cousland)とブーシェ(Boucher)によるとされ、ブーシェの名は植物園のウェブサイトではジョン、ヒストリック・エンバイロンメント・スコットランド(Historic Environment Scotland)の記録ではジェームズとなっています。ウィキペディアは、鋳造部材はポシルパークにあるウォルター・マクファーレン(Walter Macfarlane)のサラセン鋳造所(Saracen Foundry)で造られたとしています。
1871年、キブルは、この建物を解体して、はしけでクライド川を遡ってグラスゴー植物園まで運ぶ交渉を始めました。ペイズリーのジェームズ・ボイド・アンド・サンズ(James Boyd & Sons)によって再建され、大幅に拡大されたこの建物は、1873年にキブル・クリスタル・アート・パレス(Kibble Crystal Art Palace)として再開しました。演出のために色を付けられる600のガス灯で照らされた、コンサートと集会のためのホールでした。ここでは1873年11月19日にベンジャミン・ディズレーリ(Benjamin Disraeli)が、1879年12月にウィリアム・ユワート・グラッドストン(William Ewart Gladstone)が、グラスゴー大学の総長(Rector)に就任しました。1874年5月には福音伝道者のムーディ(Moody)とサンキー(Sankey)が、館内に約6,000人を集め、外にはさらに数千人が集まりました。
1881年に、市当局からの融資によりキブルの権利が1万ポンドで買い取られ、パレスはウィンターガーデンになりました。2003年9月に閉鎖され、解体されて、部材はサウス・ヨークシャーのシャフトンにあるシェプリー・エンジニアズ(Shepley Engineers)の工房で修復されました。約700万ポンドの事業で、そのうち340万ポンドはヘリテージ・ロッタリー・ファンド(Heritage Lottery Fund)から出ています。2006年11月30日に再開しました。


建築と構造
平面は、大きな円形のドームと、通路でつながれた小さな入口のドームを組み合わせ、その両側に二つの回廊の翼を配したものです。再建のときに加えられた大ドームは、キャンモアとコンサバトリー・ヘリテージ・ソサエティ(Conservatory Heritage Society)によれば、直径146フィート(約44 m)、高さ43フィート(13 m)です。いっぽう、植物園とヒストリック・エンバイロンメント・スコットランドは150フィートとしています。全体で約23,000平方フィート、約2,137 m²を占め、イギリスでも最大級の温室の一つです。
構造は、湾曲した錬鉄とガラスを組み合わせ、それを、装飾的な円柱と石積みの基礎に載った鋳鉄の梁が支えています。もとは12本のねじれた鋳鉄の円柱が支えていて、再建のときに、葉飾りの腕木をもつ24本が加えられました。1873年から1881年まで、大ドームの下の池の上にはステージがありました。ウィンターガーデンへの転用後は、池には植栽がなされ、入口のドームの下に金魚の池が造られました。
2000年代の修復では、植物のコレクションが初めて取り除かれ、台座が再建されて補強され、再利用できる部材は修理され、残りは鋳直されました。そのうえで、鉄部とガラスが、配置を改めた内部の上に組み直されました。


植物コレクション
キブル・パレスの核心は、ニュージーランドとオーストラリアの木生シダのコレクションです。1880年代(パークス・アンド・ガーデンズ〔Parks & Gardens〕によれば1881年)に大ドームの下に植えられ、現在はナショナル・コレクション(National Collection)に認定されています。一部の株は、1世紀以上もそこで育っています。その周りでは、温帯の植栽が原産地ごとにまとめられています。アフリカ南部、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ大陸、中国、日本、地中海地域です。パレスにはランや食虫植物も展示されています。
ヒストリック・エンバイロンメント・スコットランドは、館内に彫像を9体数えており、これは建物の初期にギャラリーだった名残です。シピオーネ・タドリーニ(Scipione Tadolini)の『イヴ』(1870年ごろ)、ジョヴァンニ・チニセッリ(Giovanni Ciniselli)の『ルツ』(1880年)、エドウィン・ロスコー・メリンズ(Edwin Roscoe Mellins)の『カイン』(1899年)、ウィリアム・ゴスコム・ジョン(William Goscombe John)の『エルフ』(The Elf、1899年)、ウィリアム・ハモ・ソーニクロフト(William Hamo Thornycroft)の『ステッピング・ストーンズ』(Stepping Stones、1878年)、ジョージ・ヘンリー・ポーリン(George Henry Paulin)の『シチリア王ロベルト』(King Robert of Sicily、1927年)などです。最後の作品は、ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow)の詩から取られた人物像です。


見学案内
キブル・パレスは、ウェスト・エンドにあるグラスゴー植物園の中心に建っており、グレート・ウェスタン・ロード(Great Western Road)に面した正門のロッジから、歩いて数分の場所です。大ドームと、その木生シダや彫像を、のんびりと一周するには、1時間あれば足ります。
約15 haある園のほかの部分が、見学をさらに広げてくれます。パレスの西には、1884年に開館したメイン・レンジ(Main Range)が、11の温室区画を並べています。年代順のボーダー花壇は、導入された年代ごとに植物を並べ、1世紀につき一つの花壇があります。1957年に造られたハーブガーデンは、パレスのすぐ南東にあります。北端に沿って、ケルヴィン・ウォークウェイ(Kelvin Walkway)がケルヴィン川沿いを途切れなくケルヴィングローブ公園まで続いています。
55.88° N, 4.29° W
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出典 (7)
- glasgowbotanicgardens.com/the-gardens/history/kibble-palace/
- portal.historicenvironment.scot/designation/GDL00190
- canmore.org.uk/site/44152/glasgow-703-great-western-road-botanic-gardens-kibble-palace
- en.wikipedia.org/wiki/Glasgow_Botanic_Gardens
- parksandgardens.org/places/glasgow-botanic-gardens
- shepleyengineers.co.uk/case-studies/kibble-palace-restoration/
- conservatoryheritage.org/historic-conservatories-library/19-century/kibble-palace-conserva
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