水戸市植物公園 観賞大温室
茨城県水戸市

2026年10月時点で出典を確認済み
- 年代
- 1987
- 建築家
- 瀧光夫
- 様式
- 「立体廻遊式」の観賞温室。コンクリートの骨組み、耐候性鋼、ポリカーボネートの屋根
- 規模
- 1,561 m²
- 状況
- 一般公開中
1987年4月29日に水戸市植物公園の中心に開館した、1,561 m²のこの観賞温室は、建築家の瀧光夫が、単なる栽培のための覆いではなく立体的な回遊空間として構想したものです。花の回廊、サボテン室とラン室、大温室がつながり、約500種、15,000株の植物があります。計画の発端は小吹清掃工場の廃熱を再利用する構想で、その熱で2020年まで暖められていました。2011年の地震で損傷を受けましたが、温室は2021年に改修されました。
アフィリエイトリンクです。Verrière 経由で予約すると、追加料金なしで、当サイトの調査費用の一部になります。
歴史
この公園は、熱回収の計画から生まれました。1983年3月、水戸市は、隣接する小吹清掃工場の廃熱を利用する施設の計画を採択しました。ごみを燃やした熱で、熱帯植物の庭を温めようというものです。大温室と公園の工事は1984年6月に始まり、宮ノ池を囲む形に整えられた土地で進められて、水戸市植物公園は1987年4月29日に開園しました。1988年6月には売店と熱帯果樹温室が、1994年には植物館が加わりました。1991年に都市公園となって市の公園協会が運営するようになり、入園者は1990年に50万人、1995年に100万人、2009年に200万人を数えました。
2011年3月の東日本大震災で、温室などの施設が被害を受け、公園は3か月間閉鎖されて、2011年6月11日に再開しました。小吹清掃工場が2020年3月に停止すると、温室は熱源を失い、新しい暖房設備を導入しなければなりませんでした。市は、取り壊された工場の跡地を取り込んで公園を再整備する計画も進めています。2021年には温室が改修され、中庭にはクジャクのトピアリーを置いた「ピーコックガーデン」(Peacock Garden)が加わりました。
建築と構造
温室を手がけたのは、京都とコロンビア大学で学んだ建築家、瀧光夫(1936~2016年)です。1972年に設立された東京の事務所は、植物園や園芸関連の建物を数多く手がけました。瀧は自らの設計の姿勢を、「立体廻遊式」、すなわち内と外の融合と呼んでいます。温室を栽培のための覆いとしてではなく、美術館や展示ホールにも比べられる、鑑賞の場として構想したのです。水戸を筆頭とするこの一連の観賞温室により、彼は1988年度の日本造園学会賞を受賞しました。
公園の中心にある延べ1,561 m²の建物は、花の回廊、鉢花室、サボテン室、ラン室、大温室(main house)、多目的室を連ねています。構造は、コンクリートの骨組みに耐候性鋼の部材を組み合わせ、屋根にはポリカーボネート板を葺いています。入口に植えられたハンカチノキの花は、スロープから間近に見下ろすことができ、隣のプラットホームからは芝生を見渡せます。暖房は2020年まで、焼却場の廃熱でまかなわれていました。
植物コレクション
温室には約500種、15,000株の植物があり、ハイビスカスやブーゲンビリアなどが、サボテン、ラン、鉢花のテーマ別の部屋に分かれて並んでいます。2021年の改修以降、中庭にはクジャクの形のトピアリーと、撮影用に整えられたデッキを備えたピーコックガーデンがあります。隣の熱帯果樹温室では、薬や化粧品に使われる熱帯植物を見ることができます。
屋外の薬草園「水戸 養命酒薬用ハーブ園」は、ハーブの区画と、水戸藩ゆかりの江戸時代の薬用植物の区画からなり、その中心には、当時知られた薬の原料であるキハダがあります。この園は、徳川光圀の命で編まれ、日本最古の家庭療法書とされる『救民妙薬』から選んだ約50種の庭として始まったものです。
見学案内
温室は、約8 haの公園の中心にあります。市はこの公園を、水戸の日本庭園である偕楽園に対する、洋風の庭園と位置づけています。入口から人道橋を渡ると、滝のあるテラスガーデンに出ます。その花壇は季節ごとに装いを変え、5月上旬にはジギタリス、5月下旬にはイングリッシュローズとキングサリ、夏にはハイビスカスと銅葉のカンナ、秋にはサルビアが見ごろを迎えます。夏には、木陰の広場の池で熱帯スイレンが咲き、初夏から初秋にかけては、鯉の池が黄色いコウホネでいっぱいになります。偕楽園も、あわせて訪ねるのに自然な場所です。
36.34° N, 140.42° E
この温室の良い写真をお持ちですか? このページ用に提案する →
アフィリエイトリンクです。Verrière 経由で予約すると、追加料金なしで、当サイトの調査費用の一部になります。